ドク・オーチャンの独り言(その15)


--お正月と鍾馗様--

 ドク・オーチャンの、子どもの頃のお正月のお話しです。

 お正月の朝は何だかとてもあらたかな感じがしました。朝起きて、見る物聞く事が、全てあらたまった感じでした。雪の丘から昇る朝日も生まれ変わった新しい朝日で、夜中に降り積もった新鮮な清い白い雪の表面を、少しピンクがかった薄い橙色に染めて、新年の始まりを照らしているようでした。

 ラジオをつけると、宮城道雄作曲の「春の海」が流れて来ました。この曲はいかにも新春らしいのどかな感じで、耳からもお正月の朝が来たことが感じられました。琴と尺八という日本古来の楽器によって、瀬戸内海の春の海岸の様子を奏でていました。

 この日は、家族でも皆が「明けまして、おめでとうございます!」と言って朝の挨拶を交わしました。何だか面はゆいのですが、それでもお正月のあらたかな感じを、ツンとした清い冷気に感じながら、とうとうお正月がやって来たという感動も混ざって、しっかりとそういう挨拶を交わすことができました。

 我が家には神棚が有りませんでしたので、仏壇を開いてお灯明をあげ、お線香を立ててお正月のお参りをしました。その時も、何だかお灯明の蝋燭の火がとてもあらたかに見えました。もっとも、仏壇の両側の燭台と鐘鉢とを一年の煤を落としてピカピカになるまできれいに磨き上げるのが大晦日の子どもの仕事でしたから、自分たちの磨いた燭台や鐘鉢が満足の行く程に輝いている、というのがたてまえとしてありましたから。仏壇の脇には床の間があり、お正月らしい華やかな掛け軸が下がっていました。牡丹の花と松の木の間に雄鳥と雌鳥がヒヨコたちとくつろいでいる、のどかな情景の日本画でした。

 茶の間には赤く焼かれた炭の入った大きな火鉢が置かれていて、その脇に畳二畳分よりも一回り大きな古い屏風が立てられていました。この、年季物の屏風には、中国の神様「鍾馗様」の絵が描かれていました。抜き身の青龍刀をかざした鍾馗様が、橋の上で鬼を退治しようと探している図でした。一匹の鬼は既に鍾馗様の足の下で踏みつけられていて、もう一匹の鬼は橋の下に隠れて小さくなって震えているという格好でした。とても強そうで威厳の有りそうな鍾馗様でした。この屏風絵を見せてもらいながら、よく祖父に「悪いことをすると、鍾馗様に懲らしめてもらうぞ!」と脅かされたものでした。

 辞書によれば、鍾馗様は中国の魔よけの神様です。唐の玄宗皇帝の夢に現れ邪鬼を払ってくれたというので、その姿を呉道玄という絵描きに命じて描かせたのが起りといいます。初めは、その画像を一年の邪気を払うために除夜に貼ったのだそうです。その後その風俗が端午の時期に移り変わり、日本でも端午の幟(のぼり)や五月人形として作られるようになりました。容貌は魁偉(かいい)で、黒髭(ひげ)がふさふさと生え、右手に剣を握っています。

 ドク・オーチャンの子どもの頃のお正月は、この鍾馗様のかっこいいパネル姿を眺めることから始まりました。

 皆さん、新年明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願い申し上げます。

(写真はワオキツネザルの母子です)



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