--鳥追い--
今月もドク・オーチャンの、子どもの頃のお正月のお話しです。
毎年、1月14日の晩は「鳥追い」でした。「鳥追い」とは雀を追うと言う意味で、せっかく実った稲を食べてしまう害鳥の雀を追い払って、その年の米の豊作を祈る行事でした。たいてい、その時期にはもう積雪が2メートル近くはあって、雪のほんやら堂を作るためには充分過ぎるほどに積もっていました。ほんやら堂は鳥追い堂、かまくら、などとも言われる雪の室(むろ)です。
ほんやら堂は、まず、およそ高さ1.5メートル、幅1メートル程の雪の壁を積み上げて、およそ畳4-5畳程の広さの円筒形を作ります。この円筒の上に、屋根を作るのですが、木のハシゴやら竹竿やらを円筒の上に渡して屋根の骨組みを作り、その上にムシロやゴザなどを被せてでき上がりです。この屋根の上にまた更に新しい雪がうっすらと積もれば、外からの見た目には完璧な雪のほんやら堂です。
今、観光のために作られたかまくらをよく目にしますが、あのような雪の大きなかたまりの中を掘り抜いて作ったかまくらは、たいていしばらくすると屋根が崩落してしまい、思わぬ惨事になってしまいます。中で食事などをしたりのんびりと暖まっていたりするとたいへん危険です。もっとも、雪の壁を氷のように固めてアラスカのエスキモーの氷の家のようにするか、あるいは竹や針金をアーチ型にした骨組みを中に埋め込んであるならば別ですが。
鳥追いの当日は、この雪室の中にワラやムシロを敷いて、その上に火鉢を置いて、火鉢の上でお餅を焼いてきな粉やアズキや納豆を付けて食べました。この雪室は、意外に中は暖かく、特に積もった雪は音を吸い取るのでしんとして静かで、ちょっといつもとは違った何だか神秘的な感じがする夕暮れ時を味わうことができました。ふだんは各自の家で飽きるほどお正月のお餅などを食べているのですが、このような一風変わった場所で子どもたちだけで夕食をするというのはなかなか風情があるものでした。それに、近所の子どもたちが差し入れのお菓子や漬け物などを持って、入れ替わり立ち替わりわいわい寄ってきて、たいそう賑やかに夜が更けるのでした。
鳥追いのフィナーレはワラのファイアーストームで大いに活気づき盛り上がりをみました。広い空き地、とはいっても元は畑ですが、冬の積雪時にはどこでも雪を踏んで行けてしまうので、子どもたちにとっては他人の屋敷内であろうが田畑であろうが至る所ただの「白い雪原」になってしまうのですが、その空き地の一角に稲ワラを高々と積み上げて下から火を付けるのです。当時の冬の晴れ渡った夜空には、まだほとんどまばらな家の光位しかさえぎるものが無かったので、満天の星がきらめいていました。その夜空を焦がすほどの炎がひとしきり上がると、子どもたちは手に手にワラのたいまつを灯して、「あの鳥どっから追ってきた?信濃の国から追ってきた!」と大声で歌いながら村中の細い雪道を練り歩くのです。
こうして興奮のうちに子どもたちの鳥追いの行事は終わり、その後に大寒がやってきて、やがてどうにもこうにも待ち遠しかった春がじわじわとやってくるのです。越後では、春は信濃の国(信州長野)から南風に乗ってやって来るのです。
(写真はキタキツネです)