ドク・オーチャンの独り言(その30)


--国境の長いトンネルを抜けると・・--

 3月末の週末、娘の引っ越しの手伝いに、埼玉へ行って来ました。愛車のミニバンを駆って関越自動車道をひたすら東へと向かいました。昨年の11月に大地震があって関越道が寸断され、それがようやく復興してから、筆者にとっては初めての関越道ドライブでした。越後平野のはずれ、小千谷、川口のあたりは時季はずれの吹雪でした。視界が悪い上に、地震の影響で路面は凸凹で、つぎはぎだらけ、しかもいくつか亀裂も残っていました。地震当時の関越道のダメージを彷彿とさせます。どちらにしてもスピードが出せず、車は渋滞して雪の中をのろのろと湯沢の方へと向かうのでした。

 川口や六日町のあたりは道路の両側に雪の壁が高くそそりたち、まだまだ深い雪に覆われて春は遠いようでした。おまけに昨年来の地震の傷跡が路面のつぎはぎに残っていて、ダブルの痛手というような感じでした。

 関越トンネルに入る前まで、ずっと雪が降っていました。関越トンネルは日本一長いトンネルで、全長はおよそ11kmもあります。ほとんど一直線で、トンネルの中へ入ると、まるで一点透視図法で描いた絵そのもので、トンネルの先は真ん中の一点に消えています。途中で緩い上り坂勾配が峠にさしかかったと思われる頃に勾配が逆転し、こんどは緩い下り勾配になります。そうすると、今度はあまりアクセルを踏まなくても、車のスピードは付いてきます。

 この国境の長いトンネルを抜けると、しばらくして春の陽光の溢れる明るい関東の世界が開けて来るのです。これは劇的なものです。かつて、川端康成は逆の経路で、当時の上越線の清水トンネルを越えて出た湯沢の駅の様子を全くこれと対照的な文章にしたため、「国境の長いトンネルをぬけると、雪国であった・・」という有名な出だしで始まる小説「雪国」を書いています。関東の方から来た人は白い神秘的な雪国に感動し、逆に雪国から関東に出た人たちは、陽光の明るさに感動するのです。

 埼玉は、新潟の吹雪と対照的に良いお天気で、ぽかぽかと暖かでした。まだ桜の開花には遠いようでしたが、桃の花があちこちに咲いていて、もう既に春が来ているのだという実感がしました。

 愛車のミニバンは吹雪の越後路を走ってきたので泥だらけでした。まるで触りたくない程に全体くまなく汚れていました。関東ではピカピカに磨かれた車がほとんどで、埼玉のガソリン・スタンドではまわりの皆があっけに取られていました。でも、スタンド・マンは一生懸命に窓ガラスだけは拭き取ってくれました。結局、また帰る途中新潟平野で大嵐と雨に遭い、泥はすっかり流れ落ちてきれいになっていました。何だかよくわからないのですが、「自浄作用」とでも言えばよいでしょうか。

(写真は、花桃の花です)



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