ドク・オーチャン:パートII June 2006
--ゆったり子育て講座--
五月の下旬に、北海道の札幌で講演をしてきました。札幌は、まだ八重桜が満開で、今年はゴールデン・ウィークに新潟で桜を見られたことも含めて、およそ2ヵ月近くの長い期間、桜の満開を関東から北海道まで楽しむことができました。
札幌での公演は、育児絵本の「ブックス・ほるぷ」社主催の「ゆったり子育て講座」というシリーズ2006年最初の講演で、大きな講堂に200人以上もの熱心な聴衆(主に乳幼児を持つ若い母親)が集まりました。演題は筆者の著書のタイトルと同じ「デジタル家電が子どもの脳を破壊する」という、やや過激なものです。
スライドを全く使わず、演壇の真ん中の机に立ち、聴衆を正視しつつ話しかけるような講演の仕方でした。いつもは、スライドを真ん中のスクリーンに映して、演者は隅の方でスライドの方を見ながら講演をするというやり方が専らでした。ですから、スライドを使わない講演の方法は、私としては、大勢の聴衆の前ではむしろ初めての試みに近いものでした。
一体どうなることやらと思いつつも、少人数なら、看護学校や大学の講義である程度はやっていたことでしたので、少し冒険めいて楽しみという思いもありました。
で、結果はどうだったのかといいますと、やはり200人以上の聴衆を前にすると、さすがに大勢だなー、という実感がありました。もともと、この少し過激なタイトルに興味を持たれて聞きに来られた人達ですから、一斉に私の方に視線が注がれると、それだけで、何か少しでも来られた甲斐があるような事をお話ししようと、気分が奮い立ってしまうのを抑えられませんでした。
もっと興味津々の事をお話しして、聴衆の視線を釘付けにしようと、上着のポケットからおもむろにサイフを取り出して、中にあったたった一枚の1万円札を手にかざしながら、次のようなお話をしました。
この1万円札に描かれている日本の偉人は誰でしょうか。皆さんがよくご存じのように、「福沢諭吉」先生です。例の「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」というスローガンの元に、人民の平等を説いた人です。彼は明治時代の日本の近代化への黎明期に、子どもの教育の重要性を訴え、それを大いに推進した人物です。現在、私立大学のトップ・クラスにある慶應義塾大学の創始者でもあります。
以前から、「早期教育」について、いろいろな議論があります。実は、この日本の最高金額紙幣の表に描かれた偉大な人物が早期教育について語っておりますが、一体どんな事を語っているのかご存じでしょうか。このような演壇からの問いかけには、恐らくほとんどの聴衆がぐいぐいと惹きつけられたのではないかと思います。
実際、彼の自伝に因れば、現在、一部の学者や業者が推進しているような物事を早期に教え込む早期教育は全くナンセンスであり、むしろ小さいうちは身体を鍛えることだと説いています。これは正に、筆者がその演題と同じタイトルの著書にしたためた早期教育の理念と同じなのです。
このようなお話から、更に時事問題とも言える本題がつながり、講演時間の2時間はあっという間に過ぎてしまいました。最後に個別相談の時間も取って頂きましたが、その時に印象に残ったのは、ご主人がビデオ・ゲームの新作ソフトが出る度に徹夜でやり続け、部屋に籠もってしまうのを何とかできないものかというご相談でした。
筆者は、このお母さんに次のように答えました。ビデオ・ゲームで育った世代のお父さんだとそのようになってしまうのも仕方がない事なのかも知れませんね。お父さんが自覚するまで待つより仕方が無いかも知れません。
しかし、後で帰りの飛行機の中で想い出したことがあります。その昔、自分でもこの父親とそっくりのことをやっていたのではないかと。それは、プラモデル作りです。まだ自分の子どもたちが幼稚園まで行くかどうかという位に小さかった頃、以前から自分が作りたかった帆船のプラモデルが見つかったので、早速それを買って来て、年末・年始のお休みの時に部屋に籠もって食事も寝る暇も惜しんで作っていました。
折しも、私の両親も狭い家に呼んでいて、年越しの準備で忙しかった妻が、とうとうキレてしまいました。その時は私も大人げないことをしてしまったと猛反省しました。その後、一切プラモデル作りはしなくなりました。その代わり、子どもたちと楽しむような時間を作るようになりました。
この自分自身の経験を想い出して、ビデオ・ゲームに熱中する父親はまだ子どもを育てるという自覚が無く、自分自身が子どものままで幼いのだなと思いました。相談されたお母さんには、一度思いっきりキレてみたらどうですかとアドバイスをすれば良かったのに、と悔やまれました。
(写真はMac PC)