ドク・オーチャンの独り言(その37)


ドク・オーチャン:パートII August 2006

--セミずくし--

 子どもの頃、七月下旬の梅雨の終わりに、ようやく顔を出した蒸し暑い夏空の下、お昼間近の藪の中の木で、まず一声を上げるのが「ニイニイゼミ」でした。かなりハイトーンの「チーチー」という鳴き声がいつまでも耳に残るようなセミです。身体は小さく、グレーとベージュのチェッカー模様で、ほとんど木の幹の色そのもので、なかなか見つからず、鳴き声のみが頼りの追跡で捕まえられるといったところでした。羽は一部透明な所がありましたが、あまり綺麗なセミとは言えません。比較的里の屋敷近くの立木の低い位置で鳴くので、子どもでも割と簡単に捕まえられました。これが鳴くと夏の到来でした。

 次に鳴き始めるのはやはり里の「アブラゼミ」です。このセミは最もポピュラーですが、羽の色が茶色で透き通っていなくて、身体も黒くてあまり綺麗なセミではありません。しかも鳴き声は甲高く、暑い真夏の雰囲気を嫌がおうにも盛り上げる強者といった感じで、あまり好かれるセミではありません。当時は家の敷地内の至る所に桐の木があって、その木々の幹の上の方に鈴なりに止まって盛夏を謳歌していました。それこそ木の幹にひしめき合って止まっているものですから、お互いがぶつかり合って、まるで文句を言っているかのように呼応して鳴きあっているといった感じです。真昼でも、一斉に鳴くのは、まだ少し涼しさの残っている時間帯で、午後の暑さが最高になる時間帯にはさすがにやや鳴き声がひるむ感じでした。このセミは、当時は子どもでも簡単に手づかみで捕まえることができました。

 夏の日差しが陰る頃、夕立の過ぎ去った涼風が立つ日陰や、ほとんど一日中日が差さない西向きの大きな杉の林の中から、夕暮れを告げる「ヒグラシ」の鳴き声が聞こえ始めます。この「カナカナカナ・・」というもの悲しげな清楚な鳴き声を聞くと、暑かった今日一日の疲れがほっと癒される気がしました。真夏の1日の終わりのほっと一息付ける清涼感あふれる生き物の賛歌と言ったところでしょう。このセミの鳴き声を聞きながら風呂上がりの縁側で枝豆を肴にしてビールを一杯なんてことができれば、これはもう日本の真夏の至福の時とも言えるのでしょうが、残念ながら筆者は大人になってからそのようにしてビールを飲む機会には未だ恵まれておりません。ヒグラシの身体は華奢で、羽は赤橙色に透き通っていて、お腹も透き通っています。まるで、もの悲しげな鳴き声と同様に、その身体にもはかなさが滲み出ているかのようです。夏の夕暮れのはかない憩いの一時を演出してくれる貴重なセミですが、最近は筆者の転々の住居が都会地のせいか、とんとお目にかからなく、いや耳にしなくなってしまいました。

 「ミンミンゼミ」は、かなり山の中でないと鳴きません。「ミーンミンミンミンミンミンミー」という独特の泣き方が心をそそる魅力的なセミです。高い松の木の幹や、他の大木のかなり高い幹の上で鳴きます。捕まえるのはかなり難儀ですが、当時はとことん追いかけて木によじ登ったりして捕まえたものでした。やっと捕まえたときは自分の手足が擦り傷だらけになっていたことを思い出します。羽は透き通っていて身体は緑色で、いかにも「夏の樹の精」という風情があります。かなり遠くまで鳴り響く大きな鳴き声が、どうしてあのような小さい身体から出てくるのだろうかと不思議な気もします。

 「エゾゼミ」の鳴き声は、朝日を浴びながら聞こえてくる大型定期便トラックのフルスロットルのディーゼルエンジンのような豪快なものです。このセミはかなり深山でないとおりません。身体は橙と緑の混ざった綺麗な色で、羽は透き通っていて筆者の大好きなセミです。今でも貴重な標本が硝子棚にしまってありますが、残念ながら生前の鮮やかな色はもはや失われてしまいました。普通の山里ではほとんどお目にかかれません。

 大学に入って関西に行ってから初めてよく聞くようになったのはツクツクボウシとクマゼミです。どちらも里のセミで関西では至る所で鳴いています。「ツクツクボウシ」の鳴き声は一風変わっていて、まるで「ツクツクボウシ、ツクツクボウシ、・・・・」という言葉を繰り返しているように聞こえてきます。そして最後は「オニオース、オニオース」と何回か叫んで一連のお経を唱え終わります。このセミも華奢な身体で、羽は透き通っていて、身体も一部透き通っているようです。まるでお坊さんのお経のように、人の言葉を喋っているような鳴き声です。

 「クマゼミ」は羽は透き通っていますが、身体は真っ黒けで決して綺麗とはいえません。独特の「シオシオシオ・・」という鳴き声が朝早くから関西の真夏の暑さを盛り上げます。このセミは私が勤めていた京大病院の木陰や、大阪梅田の北野病院近くにある扇町公園の木陰で群れを為して鳴いていました。ちょうど祇園祭や大文字の山焼きの前座の雰囲気をもり立ててくれる影の役者と言ったところです。

(写真はエゾゼミです)



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