ドク・オーチャンの独り言(その44)


ドク・オーチャン:パートII March 2007

--ひな祭り--

 弥生三月三日はひな祭りです。これは五月五日の端午の節句、七月七日の七夕と三つ巴の日本古来の子どものための年中行事、子どものお祭りです。お正月から新年が始まって、まず最初にある子どものお祭りが、女の子のためのひな祭りであるという意味を考えてみたことがありますか。

 その意味の一つとして、女の子の方が男の子に比べて相対的に早熟であるということも考えられます。もう一つは、おひな様が貴族(公家)の長たる天皇家の婚礼を模した、いわゆる現代版フィギュアの起源とも言えるということです。日本史では、女性性の強い貴族の時代である平安時代が長く続き、その後に鎌倉時代室町時代と男性中心の武家政治の時代が来るのです。それがひな祭りの二ヶ月後に来る男の子のお祭りである端午の節句のいわれです。

 ところでお正月頃から活気づく町の人形店のひな人形の陳列ブースでは、豪華な七段飾りや十一段飾りなども目に付きますが、昨今の住宅事情を反映してか、シンプルなペアのおひな様も人気があります。その陳列棚に並べられたたくさんのひな人形を見ていると、最高級品は別として、高価なおひな様が必ずしもそれなりに豪華絢爛という訳ではないということに気付くと思います。却って高価なおひな様程お顔だちは地味で、衣装の染色も派手さを抑えた上品さがあるのです。

 これこそが日本古来の文化の粋なのです。あたかも表面だけの豪華絢爛を追求しようとする西洋の貴族文化とは違い、日本の貴族文化は内面の気品や豪華さを追求していたのです。その意味では趣深いものが、高価なおひな様にはそれなりに備わっているのです。

 今のテレビを代表とする映像メディアに欠けているものは、そのようなことかも知れません。表面の豪華絢爛、派手派手しさが追求され、上品さや内面の美しさなどは見向きもされないような気がします。その結果、煌びやかな画像とけたたましい音響とが視覚と聴覚をビンビン刺激し、そういうどぎつい刺激が立て続けに襲うことに慣れてしまい、鈍感になってしまった現代人の感覚神経は、もはや上品さや内面の美しさなどをはかり知るような繊細さなど微塵も持ち合わせないような状況に陥ってしまっているのです。

 見た目だけを追求するような映像文化は、上品さや格調などという次元とは相反するようなものをどんどん提示しています。最近のコンピューター・グラフィックスに至っては、あり得ない世界を創造して感覚の幅を豊かにしているように錯覚させていますが、実は内容はバブルのようなもので、泡の層は限りなく薄っぺらなものになってしまっているのです。有名な老舗のひな人形の顔立ちは決して今様のかわいいものではありませんが、その気品は古くから伝わる日本文化の気品そのものを現しているのです。この時期に本物のおひな様の伝統ある上品な美しさあるいは雅(みやび)をもう一度とくとご覧下さい。
 
(写真は典型的な上品なお雛様です)



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