ドク・オーチャンの独り言(その47)


ドク・オーチャン:パートII June 2007

--クロの想い出--

 筆者がまだ小学校に入学するかしないかという位の小さい頃、「クロ」という名前のを飼っていました。クロは、ある日私の祖父が、「坊(当時、筆者は祖父にそう呼ばれていました)」のにしよう、と言ってもらってきたでした。真っ黒けの、毛のふさふさした中型犬で、雑種だったのですが、その毛並みの色から、すぐに「クロ」という名前になったのでした。

 クロは、とてもやんちゃで無鉄砲なで、食事の時以外には片時もじっとしていませんでした。当時の飼い犬は、ほとんどがつながれていませんでしたから、食事の時以外には自分で勝手に遊びに行ったり散歩に行ったりして、あまり自分の家にじっとしていることはありませんでした。しかし当時もをつなぐための長い鎖はあって、時たまその鎖で家の軒の柱につながれて、嫌だというので「ワンワン」吠えていたりしました。

 当時のクロの食事は、朝晩の家のご飯やおかずや味噌汁の残りでした。使い古しのでこぼこに歪んだアルミ製の洗面器に、ご飯の残りとおかずの漬物などの残りを入れて、それに味噌汁の残りをぶっかけると、飼い犬用の特製栄養食が出来上がるのでした。クロはその食事が用意されるのを、涎を流しながらはち切れん程に尻尾を振って待っているのでした。そして、ほとんど躾も成っていなかったのですが、「待て」、「良し」、などという命令などまるで無視して、目の前に出された食事をあっという間に平らげるのでした。秒速数回以上の速さでがつがつとご飯をかっ込んで、ほとんど丸呑みに近い食べ方でした。

 そのように、ほとんど何を食べているのか味わっていなかったようで、ナスの漬物や腐りかけて少し酢えた漬け菜など、誰もまずくて食べ残してしまったものでも、美味しそうにあっという間に食べてしまい、筆者の母親は、辛うじて「まあ良い犬」という評価を与えていました。

 当時の筆者の家は、半農半教師という感じで、家の母屋につながった農作業用のけっこう大きな納屋(納戸、物置小屋のこと)がありました。その納屋には、土間と一段上の板場があって、その上二階もありましたが、電燈は無く、明り取り用の窓も各階に一箇所でしかも小さく、昼間でも薄暗いものでした。土間には稲わらがぎっしりと敷き詰められて、板場の上には収穫したジャガイモやら乾いた薪やらが積まれていて、奥には米俵や大きな漬物樽が並んでいました。稲わらの臭いや漬物の臭いがして、稲わらの上に寝転んでいると、静かで薄暗くて、ふかふかで、何だか眠ってしまいそうな安らぎの空間でした。

 クロはこの納屋がお気に入りで、しかも当時は犬や猫納屋に入っても誰も見咎めたりはしなかったので、夜はいつも納屋の稲わらの中で寝ていたようです。なぜなら、当時クロのための犬小屋は無かったからです。ところで、クロの母親は数キロ以上も離れた他家に、自分の息子がもらわれて行ったという事を、どういうつてだったのか分かりませんが知っていて、ほとんど毎日のように、わが子のもとに訪ねて来ていました。

 筆者の記憶では、毎朝眠い目をこすりながら、納屋の入り口の、まるであばら家の玄関のようなボコボコと穴の開いた引き戸(この穴が実は大変重要で、この穴をくぐって犬や猫でも簡単に納屋に出入りができていたのです)を開けると、二匹の犬が待っていましたとばかりに歓迎して私に飛び掛ってじゃれついて来るのでした。筆者は、この二匹の犬たち納屋の稲わらの上で転げまわってよく遊んだものでした。筆者には今も、この時の犬たちのぬくもりがかすかに記憶によみがえってくることがあり、小さい子どもが動物に接した時の心ときめく感動が髣髴とされます。

 クロの母親は、薄い茶色の中型犬で、柴犬に似たとても人懐こく優しいでした。しかし、毎日一里(4キロメートル)以上の行程で、しかも信濃川の河岸段丘を何段も上り下りしなければならない強行軍を繰り返したせいでしょうか、クロの母親は間も無く通ってこなくなり、またその姿も実家から消えてしまいました。しばらくして、筆者の家の縁の下から異臭がするというので、大人たちが探ってみると、死後何日も経過して腐敗の進んでしまったクロの母親の死骸がみつかりました。

 その後しばらくして、ある冬の日、クロも姿を消してしまいました。翌年の早春に、筆者自身が友人と雪解けの野山を散策中、筆者の家の近くを通る国鉄飯山線沿いの田んぼの残雪の中に、哀れな姿のクロを発見してしまいました。クロは、どうやら冬のうちに、飯山線の蒸気機関車にはねられたらしいのです。

 怖い物知らずの無鉄砲なオス犬のクロは、祖父が当時毎日通っていた飯山線の「土市」の駅まで祖父を見送りに行って、駅舎に入って来る蒸気機関車(蒸気機関車の疾走する姿はとても動物的です)の車輪の下にまで潜り込んで遊んでいたのだそうです。そういう無茶な行動をするだったものですから、もしかしたら蒸気機関車を大き過ぎるが親しい仲間とでも思っていたのかも知れません。あたり一面に雪の積もった真っ白な世界の中で、自分と同じように真っ黒な色の巨体で真っ黒な煙を吐きながら「シュッポ、シュッポ」と大声をあげて向かって来る大きな蒸気機関車の前に、嬉しくてたまらず思わず跳び出して体当たりしてしまったのかも知れません。

 こうして、筆者と二匹の犬との蜜月の時はあっという間に過ぎ去ってしまいましたが、動物との濃厚な触れ合いの楽しく嬉しかった想い出だけが筆者の心の中には今も残っています。今、筆者の家には一匹の柴犬がいて、その目を見ていると、時たまふっと「クロ」と彼の母親犬の姿が記憶の彼方から蘇って来ることがあります。

(写真は蒸気機関車です)



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