ドク・オーチャンの独り言(その49)


ドク・オーチャン:パートII August 2007

--夏休みの男の子たちの夢--

 筆者がまだ小中学生の頃、8月の夏休みには、よく戦艦や戦車、戦闘機の絵を描いたり、またそういうもののプラモデルを作ったりして遊びました。筆者の育った田舎の山間部では、まだ塾も無ければお稽古事も習い事も何も無かったので、夏休みの宿題帳と絵日記の何日かの課題を終わらせてしまえば、もう後は遊び放題でした。そういう兵器のオタクだった友達もいて、お互いに資料やプラモデルを見せ合ったりして、知識を拡げて行ったものでした。

 当時は映画でも第二次世界大戦や太平洋戦争の頃の戦闘エピソードをテーマにしたものが流行で、少年雑誌やマンガ雑誌でもそのような戦争ストーリーものが主でした。今の少年向けの週刊誌やマンガ雑誌の表紙は、ほとんどが少女の水着姿ですが、当時のそれは、戦艦大和の艦橋だの、零式戦闘機の勇姿だの、ほとんどが太平洋戦争で活躍した日本の兵器の絵でした。中でも筆者が最も好きだったイラストレーターは、小松崎茂氏でした。この人のダイナミックな俯瞰構成や色使いには、いつも目を見張らせられ、感動させられました。

 戦争や兵器、銃器は、常に男の子どもたちの意識の成長を育む一時期の重要なテーマです。ですから、男の子たちが一時期、戦闘機や戦車、イージス艦、銃剣などに異常に興味を示し、またそういうものの資料を集めたりレプリカやモデルを買い集めたりすることは、全く健全な行為なのです。このような一時的な行為を、最近の母親たちは非常に心配するようです。これは兄弟や従兄弟たちがほとんどいない環境で育ったせいかも知れません。なるほど、戦争や兵器は人を殺すもの、物を破壊する道具や方法でしかありません。その点にだけ注目してしまうので、どうも最近の母親は男の子が殺伐とした趣味を楽しもうとすると目くじらを立ててしまうのかも知れません。

 しかし一方で、兵器や銃器は男の子たちに勇ましい夢を与えてくれます。戦いに勝利する強い自分をイメージすることができます。強力な武器は敵を難なく倒すことが出来、自分がこの世に君臨する夢を見ることができるでしょう。これは、昔戦国の世に生まれた男児が思い描いていた自己イメージでしょう。しかし、やがていつしか男の子たちは、それらの勇ましい武器が実際に使われて人が無残に死んでいく姿を見て、そのような武器が恐ろしい力を持つことに気付くことになります。

 そのとき、男の子たちは、現実の世界でそのような武器が使われることを怖れるようになるのです。ですから、男の子たちの戦争遊びを単に「いけないこと」と決め付けて武器のレプリカを取り上げてしまう必要はないのです。家庭での躾や教育がしっかりとなされているなら、やがて自ずと男の子たちは成長とともに「武器」を捨て去るのです。

 それにしても、今の少年向けの週刊誌やマンガ雑誌の表紙やカラー・グラビアは、ほとんどが少女の水着姿のようですが、最近の男の子が何となくいじけて来ているように感じられることを象徴しているのかも知れません。

(写真は零式艦上戦闘機です)



ホームへ