ドク・オーチャン:パートII September 2007
--朝青龍の辛さが分からないのか?--
横綱「朝青龍」が「解離性障害」という精神科的診断を下されて、その治療のために故郷のモンゴルに帰ってしまいました。このような診断と治療に関して、賛否両論があり、特に角界(日本相撲協会)の重鎮達はほとんどが朝青龍のことを悪者扱いしているのには呆れてしまいます。
彼が、いかに今の相撲界に汚名を着せようと、彼が今までの相撲界の存続に対して、日本の力士をはるかに越えた貢献をしているということが、まるで忘れられているかのような扱いです。今の幕内力士のかなりの割合が外国人であるということは紛れも無い事実であり、またそのような外国人力士の存在によって、何とか相撲業界が成り立っていることも事実なのです。角界重鎮達は、どうもこの確固たる事実を認めようとしていないようです。
なぜ、日本人の若者が相撲界に入ろうとしなくなったのでしょうか。それは、相撲自体が精神修行としてかなり厳しい割りに、スタイルも悪くトレンディではないし、もはや現代の花形スポーツではないと一般評価されているからです。今の日本の若者達は、もはや「ハングリイ」精神などほとんど持ち合わせていません。辛い思いをするのなら、何か別のもっと楽でカッコいい職業に就こうとするからです。一方、特に発展途上国の若者達は、もはや日本の若者達が無くしてしまった「ハングリイ」精神を、いまだに忘れてはいないのです。
今の朝青龍に対する日本相撲協会の処分は、朝青龍自身にとっては、「いじめ」以外の何者でも無かったのだろうと思われます。これは、前の横綱だった「曙」が、相撲界を引退後に格闘技ショーの慰み者という惨めな仕事しか回ってこなかったという事実から容易に想像できることです。一時は日本の相撲界を背負って立っていた英雄に対しての扱いとしては、到底考えられない不当なものだと思います。
朝青龍が「骨折」ということで巡業を免除されている期間中に自国で楽しそうに元気にサッカーをしていたということで、相撲協会をはじめ多くの日本人の反感を買ってしまいました。しかし、本番の相撲興行は何とかやれていたとしても、それ以外の巡業などに対する心理的なストレスが極めて強い場合、このような行動になることは十分にあり得ることです。まるで嫌なことを避けるためサボっているくせに好きなことは嬉々としてこなせるという、ずるいことをやっているようにみえるのです。単純に考えるなら、ただの怠け者にしか見えないのです。
学校でのストレスを抱えて不登校になっている子どもたちは、学校に行こうとしたり、その時間になると体調が悪くなるのですが、一方休日になると体調が良くなってテーマパークなどでは嬉々として遊びに興じることができるのです。このような不登校児の行動と朝青龍の行動には非常に共通するものがあることに気付かなければなりません。これは、不登校あるいは適応障害という状況に陥ったことのある者か、精神科の診療経験のある医者でなければ、すぐには理解ができないことなのかも知れません。
一昔前、テレビがようやく田舎にやって来始めた頃、当時の夕方の花形番組だった「大相撲」で、初代の「若乃花」が繰り出す「業(わざ)」の見事さ、痛快さに見とれたものでした。彼はむしろ小柄な力士でしたが、巨体を誇る力士達をいとも易くコロリと打ち負かす実況には、思わず歓声を上げたものでした。朝青龍には当時の若乃花を彷彿とさせるものがあり、華麗な業に見入っていたものです。彼の相撲が見られなくなるのはとても残念なことです。
「愛子様」も相撲が大好きで、特に朝青龍のファンだと聞いております。日本相撲協会の猛省と、今後の若手力士養成のための強力な対策実行を促したいものです。
(写真は相撲の取り組みです)