ドク・オーチャン の 電子マンガ・クリニック

カルテ15 検証-早期天才教育

ドク・オーチャンの教育論

● 早期教育は競争ではない!
 「早期教育」という、何か優越感を持てそうな名前で進められる詰め込み主義の商業ベースに踊らされてはなりません。「早期教育」といっても、何も焦って早く大人の知識をたくさん詰め込むのが良いというものではありません。そんなやり方では、犬や猫にほうび欲しさを利用して芸を仕込むのと変わらないことになります。
 もっとも、犬や猫でも躾るのに適した時期がありますから、あまり早く芸を仕込もうとしても、労が多い割に身に付かないことになります。



● 最適の時期に最適の教育を!
 ものごとを教えても、それを正しく認識して自分のものにして蓄えていけるような時期にならないと、身に付きません。
 例えば、人の絵(自分自身、親、人形など何でも良い)を描かせた時、3-4歳の年代では、やっと顔の丸の中に目玉らしきものが現れて来るだけで充分です。ということは、この年代では、まだこの程度にしか人の顔も認識されていない?ことになります。このような認識能力しかできあがっていないところへ複雑な知識を詰め込もうとしても、消化不良を起こすだけです。

● モーツアルトは幸せだったのか?
 早熟の天才として最もよく知られている例は、モーツアルトでしょう。今でこそ、彼の曲は胎教にまで良いと言われ、音楽の天才とうたわれていますが、当時はほとんど認められず、むしろ貧乏で不遇な生活を強いられました。そして、あまりにも短い一生を謎の死で閉じてしまいました。先輩のサリエリに妬まれたのか、他の陰謀だったのか、あるいは酒に溺れてしまったのか、真相は分かっていません。天才だった彼が、幸せな一生を送ったとは決して言えないのです。

● 知識を教えることだけが教育ではない!
 知識や技術を教え込むことだけが教育ではありません。常に人としての感情のこもった疎通(コミュニケーション)を取りながらやらなければなりません。
 例えば、英語の早期教育ということで、高価な教材を子どもに買い与え、ただ単語さえたくさん覚えれば良いと思っている親が多いのではないでしょうか。今までの日本の英語教育で根本的に欠けていたものは、人と人とのコミュニケーションです。一日中たった一人でビデオやパソコンに相手をさせておくなどというやり方ではいけません。

● アンバランスな早期教育が過ぎると?
 最近の若い人たちの犯罪をみていると、社会性という、他人との上手なお付き合いがよく教育されていなかった人が大人になって戸惑いの中で起こしてしまうのではないか、と思われるケースが多い気がします。早い時期にたくさん知識を教え込まれる一方で、他の分野の教育や躾はおざなりにされる結果、人間関係がうまくいかなくなるのではないでしょうか。いじめ、不登園・不登校、学級崩壊、あるいは「キレる」などの原因の一つかも知れません。

● 本来の早期教育は花や木を育てるのと同じ!
 早期教育は花や木にそれぞれに適した肥料を充分に与え、根をしっかりと張らせるようなものです。基本的な根がしっかりと張られなければ、枝葉は繁らず、花も実も付けることができません。これから伸びていく幼い子ども(やがて大樹になる)の根をバランス良く植え付けること、これが早期教育の極意です!

● 教育は、ほめちぎり、陽気な楽しいポジティヴな雰囲気のなかで!
 こういう雰囲気での、「好奇心」という意欲を伴った知識の記憶は長くしっかりと残るものです。今の幼稚園や学校教育に欠けている非常に大切な要素です。

教えて!ドク・オーチャン

?朝だけ、鼻がぐずぐず?
 3歳7カ月の息子が、ときどき朝起き抜けに鼻をぐずぐず言わせます。毎朝ではないのですが、季節を問わず、ぐずぐず言います。義母は「風邪じゃないか」「寝冷えじゃないか」と言いますが、朝食を食べてしばらく遊んでいるうちに、いつのまにか治っています。病院に行って、診てもらった方がいいでしょうか。ちなみに私は花粉症です。

お答え!

!軽いアレルギー体質なのでしょう!
 アレルギー性鼻炎とまでは言えませんが、ちょうど健康と病気との境目なのでしょう。本人が困らなければ、この程度の症状では、治療する必要はありません。風邪ならば、数日のうちに熱が出たり、もっと別の症状が加わって来ますから区別できます。
 お母さんが花粉症ということですから、恐らく息子さんもアレルギー体質を受け継いでいるのでしょう。しかし、症状がとても軽いうちは、このように病気と健康との境目の状態がよくみられるものです。朝、睡眠から覚醒へ変わる時など、自律神経の調節が少し手間取ると、このような症状が現れやすくなります。将来、はっきりとしたアレルギーの病気として現れるかどうかを心配されても、取り越し苦労になることが多いようです。